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映画『君の名は。』と小説『君の名は。』に「違い」があるのでしょうか。
 
結論からいうと、内容に「違い」はないです。
おひおひ、ざけんなよっ(怒)...怒らないでください。
 
でも、やはり内容の大筋に「違い」はないものの、明らかな「違い」もあるのです。
 
映画は繰り返し見ることが難しいです。一方、小説は、何度も何度も読み返すことができます。
 
以下、小説で細かいところを確認し、映画を再び観るということを繰り返してみました。
 

繰り返し読み返せる...

これって、小説の大きなメリットですね♪
 
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劇場で映画を観ていると、気になった部分を繰り返し確認することができません。「あれれ!?」と疑問に思っても、眼前では新しい展開がどんどん進んでいきます。いちいち気にとめていては、ストーリーが追えません。なので、どうしても疑問点は疑問点のまま残ってしまう。
 
それが劇場での映画鑑賞をする場合のデメリットです。
 
とくに、映画を見ながら感情が揺さぶられることを重視し楽しむと、この傾向、すなわち、「疑問点は疑問点のまま残ってしまう」現象はやむを得ないのかもしれません。
 
一方、小説のほうは、目の前で拡がる大パノラマのような臨場感はありませんし、一度に入る情報量も映像の足下にも及びません。
 
それでも、疑問点が出てきたら、何度も何度も読み返したりして、あるいは、何か資料を調べたりして、それを解消することができます。

映画館でスルーしたかもしれない疑問点

男女(の意識)が入れ替わってしまう。これは、昔からあるモチーフです。
 
「入れ替わり? よくわからねえな」という人は、映画『転校生-さよなら あなた-』(2007年6月公開)を見れば、一発で理解できます♪
 

 
さて、『君の名は。』では、高校生男女の意識がリアルタイムに入れ替わることが大きな物語の核になります。
 
週に1〜3回の頻度で起こる、入れ替わり、そのトリガー(引き金)は、夜寝ることです。昼間、教室で寝ても入れ替わりは起きません。そして、そのうち、突然に入れ替わりがなくなります。
入れ替わりがなくなると、やがて、相手の記憶がぼんやりしてきます。
 
でも、そのぼんやりした「何か」を突き止めたい。その衝動を抑えきれず、瀧はその「何か」を探す度に出る。そして、衝撃の事実を知るのです。

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リアルタイムの入れ替わりは時空を超えていた!?

確かに、双方同時進行という意味ではリアルタイムな入れ替わりでしたが、実は、時空を超えた入れ替わりだったのです。
 
つまり、東京都千代田区六番町に住む男子高校生・瀧と、岐阜県Z郡糸守町に住む女子高校生・三葉との入れ替わりは3年の時空のズレがあったのです。
 
瀧は、瀧から見て3年前の三葉とリアルに入れ替わっていたのです。
 
このあたりのことは、映画を見ているだけでは、心に引っかかりがあっても、そのままスルーしてしまう部分です。
 
でも、小説なら、じっくりと確認することができます。
 
時空のズレがある入れ替わりだからこそ、もっというと、3年間のズレがあるパラレルな入れ替わりだからこそ、「一見、歴史を変えてしまうような行為」をしても、問題が起こらないのかもしれません。

映画館の観客はハラハラ&ドキドキ

彗星衝突により500人の犠牲者を出した大災害。500人の命を救おうと、三葉(中身は瀧)は友だちを巻き込みながら動き出します。もう一度書きますが、この救助活動をスタートしたとき、瀧は、三葉の中にいます。
 
しかし、必死の努力の甲斐なく、寸前でその願いは絶たれてしまう...。死を目前にした町の人々を安全な場所に避難させることができそうもないのです。
 
観客はがっかりですね。
 
そして、観客は目の当たりにします。彗星の欠片が堕ちて、糸守町を破壊するシーンを...。500人の命を救えなかった、残念...。
 

感動のラストシーンへ

そして、時は流れます。
彗星衝突大災害から8年、三葉との入れ替わりから数えると5年。大学生の瀧は、うまくいかない就職活動に、毎日、奮闘しています。心のなかには、未だに「何か」引っかかるものがある。それが「何か」は判らないまま過ごす毎日。
 
そして、あの感動的なラストシーンを迎えるわけです。
3年ずれたパラレルな入れ替わりだったからこその大団円♪♪
でも、観客にも「何か」スッキリしないものが残る...。
 
なので、もう一度、映画を見よう...となるわけですね♪♪♪

答えはご自分で...

その「何か」スッキリしないものについては、是非、ご自分で発見してくださいね♪
 
※冒頭画像の出典:kininarukininaru.hatenadiari.jp

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